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和歌山地方裁判所 平成2年(ワ)62号 判決 1994年10月05日

主文

1  被告は原告に対し金二万五〇〇〇円及びこれに対する平成二年三月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は主文1項について仮に執行することができる。

5  被告が金二万五〇〇〇円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

理由

一  請求原因1の事実については当事者間に争いはない。

二  本件捜索に至る経緯及びその状況

1(一)  《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。《証拠判断略》

(1) 松島、門脇、訴外長田耕一、同松本和也及び同矢野勝の五名の西署署員と訴外小島正人及び同本田年生両名の和歌山県警察本部生活保安課職員、合計七名の和歌山県警察官は、昭和六二年二月二五日午前九時三〇分ころ、覚せい剤取締法違反の被疑事実による本件捜索を実施するため松島の指揮のもとに原告宅の周囲を取り囲んだうえ、原告宅の施錠状態を確認したところ、玄関及び裏口の両方とも鍵が掛かつていた。

(2) 松島は原告宅玄関の戸を叩き「甲野いてるか。」と声をかけたところ、中から「おう。」と返事があり、更に「誰な。」との声がした。そこで松島は「開けよ。」と言つたが、原告が玄関の戸を開けようとする気配がなかつたため、裏口へ回つた。

(3) 裏口の戸は上半分位にガラスがはめ込まれているドアであつたが、松島は、裏口の戸のガラスを叩いて開けるよう中に声をかけたところ、中から「誰な。」との声がしたので、「警察や。開けよ。」と答えた。

(4) しかし、原告に一向に戸を開ける気配がないため、松島はこのままで証拠隠滅の虞があるものと判断し、長田巡査部長に裏口の戸のガラスを割るように指示した。同人は、現場付近に落ちていた角材様の棒をガラスに叩きつけ、人が頭を入れて覗き込むことができる程度の大きさにガラスを割り、同所から手を入れて裏口の戸を開錠し、門脇から順に原告宅に入つた。

(二)  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 門脇は原告宅に入ると直ちに玄関に向かい、玄関の戸を開錠して開けたが、外には誰もいなかつたため再び施錠した。それから門脇は原告に対して警察手帳を示し、松島は捜索差押令状を原告に示して捜索を行うことを告げた。

(2) 松島らは原告を立会人とし、六畳間の中央付近に同人を座らせたうえで捜索を開始したが、間もなくして、原告が突然「UFOがやつて来た。」などと口走りながら立ち上がり、両手を振り上げて松島の方に向かつて来た。そこで原告の挙動を制止するため、松島が原告に足をかけ、門脇が大腿部付近を引つ張つて原告を畳の上に仰向けに倒し、松島が原告の右側から柔道の袈裟固めの崩れたような形でその上半身を、門脇及び矢野巡査が下半身を押え付けて原告を制圧した。数分後原告が落ち着いてきたので、再び原告を六畳間に座らせて捜索を再開した。

(3) 捜索の結果、門脇は原告宅の四畳半の間と六畳の間の間の壁のところに両面テープで張られたベニヤ板と壁との間に、空のビニールパケの一部がはみ出しているのを発見し、そのパケをとりだすために右ベニヤ板を貼りつけていた両面テープをはがし、手が全部入る程度にベニヤ板をはがした。

(4) その後原告宅の六畳の間の押入の天井裏から散弾実包などを発見して原告から任意提出を受けた後、午前一〇時半ころには屋内の捜索を終了した。

2  原告は、本件捜索時に松島、門脇ら警察官から暴行を受けたと主張するので、右の点について検討する。

(一)(1) 《証拠略》によれば、原告は、本件捜索時、松島が原告宅に入るや否や直ちに同人から顔面を四回ほど無言で殴られ、その後六畳の間に座らされてから門脇を含む警察官四人位に頭、腹、足などを殴られたり蹴られたりといつた暴行を加えられ、更に赤樫の棒を足に挟まれて正座させられてから三、四人に約二〇分間殴られ、また、背中に水を入れられたなどと、本件捜索時に警察官らに暴行を受けた旨供述しているほか、右警察官らに原告宅の天井、壁、ドア、調度品などを損壊されたとも述べている。

(2) しかし、《証拠略》によれば、<1>松島らは本件捜索前に、原告が暴力団の組員であり、覚せい剤の密売組織の一員として、密売人の運転手をしているものと疑つていたこと、<2>原告は、本件捜索前、松島と西署で一回会つたことはあるが、門脇とは一面識もなかつたこと、が認められる。

(3) 右(2)の事実によれば、松島及び門脇と原告との間に個人的な対立関係や、感情のもつれ等が存していないことが推測され、その他本件全証拠によつても、本件捜索に従事する以前に、松島ら本件捜索に従事した警察官が原告に対して悪意や悪感情を抱いていたとは認められない。とすれば、松島らが原告宅に踏み込んだ直後、何らのきつかけも理由もなく執拗な暴行を原告に対して繰り返したという原告の右供述は、不自然であつて、証人松島雅人、同門脇秀典及び同小島正人の証言並びに後述のとおり、原告の顔面、腹部等に打撲傷の痕跡が認められないことに照らし、容易に信用することはできない。同様に、松島らは原告が、覚せい剤の密売組織の一員であるとの嫌疑を抱いていたことから、その証拠物を発見するために念入りな捜索を行つたことは容易に推認できるものの(前記のとおり、六畳の間の押入の天井裏も捜索している。)、発見された証拠の収集過程の違法を争われる危険を冒してまで、証拠物の発見とはおよそ無関係と思われるタンスの戸やファンシーケースのチャックなどを損壊するということは、被捜索者である原告に対して捜査官である松島らが悪意など特別な感情を抱いていない本件においてはおよそ不自然であるから、その旨の原告の供述部分もまた合理性に欠けるといわざるを得ない。

(二)(1) 証人小島頼の証言によれば、同証人は警察官が本件捜索を行うため原告宅に踏み込んだ当初からその状況を目撃し、途中原告の声がしたので玄関から覗くと、原告がタンスと壁の間に隠れ、同所で警察官から殴られている状況を見た旨供述し、更に、本件捜索後に原告宅に入り、その天井や置物が損壊されている状況も見た旨述べている。

(2) しかし、同証人は、本件捜索を目撃するに至る経緯について極めて曖昧な供述をしているうえ、反対尋問において警察官が原告宅に踏み込んだ状況を目撃したという右供述が虚偽であることが露呈し、更に、右目撃したと述べる警察官の原告に対する暴行状況については、再度実際に見たのかと質問されるや、うめき声を聞いたから殴つているに違いないなどとその供述内容を変転させている。加えて、《証拠略》によれば、同証人は、本件捜索の最中にその経営する食堂の従業員に原告に架電させ、同人を通じて原告に対し、警察の捜索に気を付けよう警告をするなどしていることも認められる。

(3) 右(2)の事実からすれば、およそ証人小島頼の証言には、証拠価値を認める余地はないといわざるを得ない。

(三)(1) 《証拠略》によれば、昭和六二年四月一〇日に原告が自宅の状況を撮影したものであると認められる検甲第一ないし第一六号証及び《証拠略》によれば、同日の時点で<1>ファンシーケースの前面のチャックの破損、<2>黒板の前板が一部枠からはがれている、<3>てんの剥製の置物の縫い目がほころびている、<4>洋服タンスの前面の戸が蝶番の所からはぎ取られている、<5>四畳半の間の壁に一条の傷、<6>屋内のドアの一部の破損、<7>四畳半の間のクーラーの前面パネルの欠損、<8>四畳半の間と六畳の間の間の板壁が一部破れている等原告宅の壁、押入れやタンスの戸、置物などが損壊している状況が認められる。そして、《証拠略》によれば、右の損壊はいずれも本件捜索の際に門脇らによつてなされたものであり、原告は、右同日に当時入院していた五稜病院を出て初めて外泊したときに、本件捜索によつて損壊されたままの状況を撮影したものであると述べているほか、前記以外にも陶製の犬の置物及び壷、絵の額、植木等が本件捜索の際に破壊されたと供述している。

(2) しかし、《証拠略》によれば、原告は、昭和六二年三月三〇日から一泊二日の外泊予定で同病院を出たが、外泊予定を延長し、同年四月一日午後五時ころ、原告本人が同病院に電話をかけ、「家の修理をしているため、明日昼ころ帰ります。」と述べていることが認められ、右事実によれば、原告が検甲第一ないし第一六号証を撮影した昭和六二年四月一〇日に初めて外泊したという供述は虚偽であり、原告は、右以前に自宅に帰宅し、自宅内の状況に手を加えていることが窺われることからすれば、右検甲第一ないし第一六号証が本件捜索後の状況をそのまま撮影したものとは認め難く、これをもつて右検号各証によつて認められる損傷が本件捜索時に松島らによつてなされたと直ちに認めることはできない。

(3) 更に、門脇ら捜査官によつて欠落せしめられたというクーラーの前面パネル、割られたという陶製の犬の置物及び壷、損壊されたという絵の額、植木等の残骸や、突き破られたという天井の破壊の痕跡は、検甲第一ないし第一六号の写真に写つていない。原告はこれらの残骸は廃棄したと供述するが、検甲第一ないし第一六号証は警察官による原告所有物の破壊状況を証拠として残すために撮影したものと推測されるところ、右各写真に写されていない以上、前記物品の損壊の事実そのものに疑問があるといわざるを得ない。

(四)  証人石谷芳子の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第七号証及び同証言によれば、同証人は本件捜索後原告宅内を覗いてみると、台所の床に鍋や釜が散らかつていて荒らされていたと述べていることが認められるものの、同証人はそれ以前には原告宅の内部を覗いたことがないうえ、台所の一部した目撃していないことから、同証人の証言によつても、裏口の戸のガラス戸を損壊した事実の他に本件捜索時に松島らが原告宅内を損壊した事実を認めることはできない。

3  以上のとおりであるから、結局、本件捜索において松島ら和歌山県警察官らが原告宅裏口戸のガラスを損壊し、粘着テープで張り付けられていたベニヤ板一枚をはがした事実及び松島らが原告に対して前記認定のとおりの制圧行為をしたことは認められるものの、それ以上に原告主張の暴行及び原告所有物の損壊の事実は、右主張に副う証人小島頼の証言及び原告本人尋問の結果は不合理で信用することができず、その他これを認めるに足りる証拠はない。

三  本件取調べの状況及び経過について

1  《証拠略》によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  昭和六二年二月二五日午前一一時ころ本件捜索終了後、原告は任意同行を求められて西署に赴き、門脇らに伴われて同署二階の補導室に入つた。その後、原告は補導室において、梅本巡査部長によつて動静監視を受けた。

(二)  そこへ松島の指示で門脇ら二名の警察官がやつて来て、原告に尿を提出するよう促し、原告は素直にこれに応じた。

(三)  門脇は、その後右提出された原告の尿を科学捜査研究所に届け、原告の尿中に覚せい剤が含まれている旨の鑑定結果が出た後に西署に戻り、原告に対する覚せい剤取締法違反の逮捕状請求の用意をした。西署では直ちに和歌山地方裁判所に逮捕状を請求し、同裁判所から逮捕状の発布を得て同日午後一時四八分原告を通常逮捕した。この間、原告に対して西署防犯課で昼食を支給した。

(四)  梅本巡査部長は、松島の指示により原告の取調べを担当し、原告の逮捕に伴つて弁解録取書を作成した後、同日午後二時ころ原告を西署留置場に収容した。

(五)  原告は、同日二八日午前九時三〇分、釈放されると同時に火薬類取締法違反の被疑事件により再逮捕され、同年三月二日勾留された。原告は、西署における取調べ中から精神異常を窺わせる言動があり、同月一六日和歌山地方検察庁から和歌山県立医科大学付属病院精神科東雄司教授に原告の精神鑑定が委嘱され、右鑑定の結果、原告は同月二〇日釈放され、同日慢性幻覚精神病で和歌山県立五稜病院に同意入院した。

(六)  この間、原告は遅くとも同年二月二七日には胸の痛みを訴え、同月二八日菱川病院を受診したが、診察の結果、左第一二肋骨骨折と診断され、同年三月二三日、五稜病院におけるレントゲン撮影の結果、左第七肋骨骨折が判明した。

2(一)(1) 《証拠略》によれば、原告は、任意同行され、西署の補導室に梅本巡査と二人でいたところ、門脇は、同室に入つてくるなり原告に正座するよう指示し、原告が右指示に素直に従つたにもかかわらず、梅本の目前で無言のまま原告の胸、背中、足を革靴を履いたままの足で二〇ないし三〇発蹴る暴行を加えた旨述べている。

(2) しかし、前記二2(一)(2)で認定したとおり、門脇が原告と昭和六二年二月二五日まで一面識もないうえ、前記二1で認定した本件捜索の状況に照らしても、門脇が原告に対して本件取調時までに悪意を抱いたことを窺わせる事実は認められない。しかも、《証拠略》によつても、原告自身門脇に蹴られる覚えが全くないと述べていて、門脇が原告が述べる右のような暴行を加えた動機を推測させる事実は何ら認められない。また、原告が暴行を受けたと主張する補導室は西署二階の廊下に面し、向い側には同署会計課の事務室が位置する場所にある。西署が組織全体として原告を敵視するような事情も窺えないから、門脇が梅本の目前で公然と原告に対して執拗に暴行を加えるのも理解できないところである。

(3) 右(2)によれば、門脇が本件取調時に原告に暴行を加えたという原告の右供述部分は、不自然であつて、証人門脇秀典及び同梅本卓秀の各証言に照らし到底信用し難い。

(二)(1) なお、証人乙山春夫の証言によれば、同人は昭和六二年二月二五日横領の被疑事件で逮捕され、原告と同様西署の留置場に留置されていた者であるが、同年三月一日か二日ころ、留置場で原告とともに風呂に入つた際、原告の背中、胸、足が紫色か黒みがかつたようになつていたのを目撃し、原告に理由を尋ねたところ、自宅と取調室で門脇に殴る蹴るの暴行を受けたと聞いた旨述べている。

(2) しかし、《証拠略》によれば、菱川病院における同年二月二八日の診断時には原告の病名は肋骨骨折としか診断されておらず、原告に打撲傷や内出血との診断はされていないことが認められる。

(3) 菱川病院における診察の際、医師は原告の胸部、背部等を目視し、触診等を行つていると推測されるから、原告の胸や背に紫色や黒色のあざが存しておれば、何らかの診断がなされていたと考えられるから、証人乙山の原告の背中、胸、足が紫色か黒みがかつていた旨の証言は客観的事実と明らかに食い違つているといわざるを得ず、原告本人尋問の結果、同証人が原告と暴力団組織の関係で顔見知りであると認められるうえ、《証拠略》によれば、門脇は以前に右乙山と乙山の子である乙山松夫を覚せい剤取締法違反で逮捕したことがあり、その際証人乙山が門脇と揉めたことがあると認められ、右事実によれば、証人乙山が門脇に対して悪感情を有している可能性のあることなども考え併せると、証人乙山の前記証言もまた到底信用できないといわざるを得ず、門脇が本件取調時に原告に暴行を加えたと認めるには至らない。

(三) なお、原告が第一二肋骨骨折の傷害を負つたことは当事者間に争いはないところ、《証拠略》によれば、右骨折は昭和六二年二月二八日から三週間以内に受傷したものと認められる。

しかし、前記認定のとおり《証拠略》によれば、原告には昭和六二年二月二八日の時点で打撲、内出血などの診断がなされていないこと、右骨折も受傷後三週間以内という幅のあるものであること、原告は菱川病院において医師に対して転んで胸を打つた旨説明していたことからすれば、昭和六二年二月二八日の時点で受傷後三週間以内の肋骨骨折の傷害を原告が負つていたからといつて、これにより直ちに原告が主張するような態様での門脇による暴行があつたことを推測させるものではない。

また、昭和六二年三月二三日、五稜病院において原告の第七肋骨が骨折していることが判明したが、右骨折は同年二月二八日の菱川病院における診断時には所見がなく、右骨折の事実から門脇の暴行の事実を推測することができないことはいうまでもない。

3  以上のとおりであるから、本件全証拠によつても、西署において門脇が原告に対し暴行を加えた事実(請求原因3の事実)を認めることはできない。

四  松島らの行為に基づく原告の受傷の事実(請求原因4(二)の事実)について検討する。

(一)  原告が第一二肋骨を骨折したことは当事者間に争いはなく、昭和六二年三月二三日、五稜病院において原告が第七肋骨を骨折していたことが判明したことが前記認定のとおりである。

(二)  しかし、松島らの本件捜索時における原告に対する有形力行使の態様は前記二1(二)(2)で認定したとおりであるが、原告の肋骨骨折の部位はいずれも左側であつて、右認定の松島らの行為(松島及び門脇が原告を畳上に仰向けに倒し、倒れた原告の右側から柔道の袈裟固めの崩れたような形で上半身を松島が、下半身を門脇、矢野巡査が押え付けた行為)で、右部位に骨折を生じさせ得るか疑問がある。

その上、被告の第一二肋骨骨折が昭和六二年二月二八日から三週間以内に受傷されたものと診断されているが、原告は菱川病院の医師に転んで胸を打つたと説明している。

原告が本件捜索中に胸部の痛みを訴えていたことを窺わせる証拠は全くないし、右制圧行為による原告の肋骨骨折は一つの可能性が示唆するに過ぎず、これにより原告が肋骨を骨折したと認めることは困難である。

したがつて、結局本件全証拠によつても、松島らの前記有形力の行使によつて原告が受傷したとの事実を認めることはできない。

五  違法性阻却の有無

松島ら和歌山県警察官による前記二1(一)(4)及び同(二)(3)で認定した本件捜索時における裏口戸のガラスを割つた行為とベニヤ板をはがした行為に違法性阻却が認められるか(抗弁1)を検討する。

1(一)  刑事訴訟法二二二条一項によつて準用される同法一一一条一項は、差押状または捜索状の執行については、錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができる旨規定する。右規定により、捜査機関は開錠・開封に限定されることなく、令状執行のために態様を問わず各種の必要な処分をすることが認められる。しかし、必要があればいかなる処分も許されるわけではなく、いわゆる警察比例の原則のように、行い得る処分は目的を達成するに必要最小限度に限られるべきであることはもとより、その手段、方法も目的に照らし社会通念上妥当なものとして許容されるものでなければならない。

したがつて、憲法が財産権を保障していることから、捜査機関としては、捜索にあたつては捜索を受ける者に最も損害の少ない方法を選ぶべきであり、他方、そのためには捜索を受ける者においても損害を回避するに足りる協力をすることもしばしば要請される。そして、捜索を受ける者の協力によつて容易に損害を回避できる場合には、可能な限りまず捜索を受ける者に右の協力を求め、それにもかかわらずこのような協力を得られないときに初めて捜査機関は実力をもつて捜索の目的を達するに必要な処分をすることが許容されるというべきである。

すなわち、右のように捜索を受ける者が損害を回避するための協力要請を受け、かつその協力をすることが容易であるにもかかわらず、これをしない場合には、そのため捜査機関が捜索を受ける者の権利を侵害することがあつても、その執行方法がその当時の事情に照らし適切妥当であり、かつ、必要やむを得ないものと判断される限り、その権利侵害は正当な権利行使と認められ、違法性は阻却されるというべきである。

(二)  そこで、右を前提に本件捜索時の各損壊行為の違法性を検討する。

(1) 裏口の戸のガラスの損壊

松島らの裏口戸のガラスを割る行為は、捜索に着手するため、その着手に接着した時点において行われたものであり、しかも原告が在宅しているにもかかわらず、松島の戸を開けるようにとの要請に応ぜず、施錠したまま戸を開けなかつたのであるから、一見すると、右行為は原告の協力を得られないため、捜索状の執行について行つたやむを得ない行為であるかのようにも見える。

しかし、前記二1(一)(2)及び(3)で認定したとおり、松島らは右ガラスを割る以前には自分たちが警察であることを原告に伝え、開扉するように要請しているものの、捜索状の執行のためであることを明示して開扉するよう求めてはいない。元来、憲法上住居の不可侵(憲法三五条一項)が保障され、令状に基づかなければ住居に侵入を受けることのない権利を有している以上、家屋内に在室している者は、捜索状を持たない捜査機関の要請に応じ、開錠して戸を開けるべき義務はないものと解される。そして、刑事訴訟法二一一条一項、一一〇条が、捜索状又は差押状の執行に当たる捜査機関は処分を受ける者に対して令状を呈示しなければならないと規定し、その趣旨は右令状の執行を受忍すべき者等に対し、捜索・差押が令状に基づく適式の処分であることを明確にし、手続の公正を担保しようとするものであるから、特別の事情のない限り、令状はその執行の開始までに呈示を要すると解されることを考慮すると、家屋内に在室する者が捜査機関の要請に応じて開扉するなど損害を回避するための協力をしないことをもつて、捜査機関による実力行使が正当化されるためには、右要請に際し、原則として捜索状の呈示が必要であり、右呈示ができない事情がある場合においても、少なくとも捜索状が発布されており、その執行のために開扉を求めるものである旨を告知することが必要であるといわざるを得ず、単に警察であることを告げるだけでは、右要請に応じないことの不利益を捜索を受ける者に負わせることはできない。

したがつて、本件の場合には、捜査機関が原告に損害回避のための協力要請を適切に行つていたものとは認められず、未だ損害回避のために適切な協力要請を行うなどの余地があつたのであるから、原告による開錠等の協力が得られないからというだけで、直ちにガラスの損壊という実力行使が必要最小限度のものとして許容されることにはならず、右権利侵害の行為を捜索状の執行についての必要な処分として正当な権利行使にあたると認めることはできない。

なお、被告は、松島らが警察であることを告げていること、原告に覚せい剤前科があること、激しく戸を叩いていることなどから、捜索にやつて来たことは分かつていたはずであると主張するが、松島ら警察官としては捜索状が発布されており、その執行に来たことを告げるだけで足りるにもかかわらず、その程度の告知もしないで実力行使をすることを正当化する理由は何ら認められないから、仮に原告において松島らが捜索にやつて来たことを窺い知つていたとしても、右結論を左右するものではない。

(2) ベニヤ板を壁からはがす行為

<1>《証拠略》によれば、本件捜索における差押えるべき物の中に、ビニール袋が含まれていたことが認められるところ、<2>門脇は、ベニヤ板と壁の間にビニール袋の一部が見えているのを発見したため、その残部等を探すためにベニヤ板をはがしたこと、<3>ベニヤ板をはがすにあたつては、それをはりつけていた両面テープをはがすという手段をとつたことは前記認定のとおりである。

これらの事実によれば、ベニヤ板をはがすという行為は、捜索の目的を達成するための必要最小限度の処分であつて、その方法も社会通念上相当なものと認められるから、右ベニヤ板をはがすという行為は、捜索状を執行するために必要な処分として法律上許容された行為であり、正当行為として違法性が阻却されるものと考えられる。

2  したがつて、松島らの損壊行為のうち、ベニヤ板をはがす行為については違法性が阻却されるものの、裏口の戸のガラスを損壊した行為については、その違法性は阻却されない。

六  原告の損害

(一)  弁論の全証拠によれば、ガラスの修理代として金二万円がかかつていることが認められる。

(二)  弁護士費用

原告が本訴の提起・追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の性質、内容、認容金額等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、被告が賠償すべき損害としての弁護士費用は金五〇〇〇円が相当である。

七  本件訴状送達の日が平成二年三月三日であることは当裁判所に顕著な事実である。

八  結論

以上のとおりであるから、本訴請求は、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として金二万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期の経過した後である平成二年三月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱の宣言につき同法一九六条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林 醇 裁判官 中野信也 裁判官 新谷晋司)

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